この問題もある意味、外国人学校を「セーフティネット」と位置付けることで、その存在を“公に認めらるもの”にしようと言う試みなのかもしれませんが、果たして「そこまでの機能を果たしている学校がどこまであるのか」をきちんと考えてみるべきではないでしょうか?
以下、引用。(コピペ)ソース:MSN産経ニュース
外国人学校にも学割を 市民団体
外国人学校を支援する市民団体が5日、JR西日本の本社(大阪市北区)を訪れ、ブラジル人学校やペルー人学校などの児童生徒にも、学割定期乗車券を認めるよう要望書を提出した。
提出したのは「外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク」(東京都新宿区)と特定非営利活動法人(NPO法人)「コリアNGOセンター」(大阪市東成区)。
要望書は「外国人学校は、受け入れ態勢が不十分な日本の公教育に代わるセーフティーネットの役割がある」と指摘。近年急増しているブラジル人学校などを学割が適用されるJRの「指定学校」に含めるよう求めている。
引用ここまで…。
>外国人学校は、受け入れ体制が不十分な日本の公教育に代わるセーフティネットの役割がある
たびたび指摘してきたように、日本における外国人の受け入れ態勢が不十分な事は事実です。
ですが、こうした学校が、外国からやって来た子供の“セーフティネット”を名乗れるほど、充分に機能していると言えるのでしょうか?
教員にしても、それぞれの国からやってきたボランティアか、あるいは一部のそうした国の言語や習慣に詳しい日本人のスタッフが行っているのが現状です。
現在、文科省でも、こうした学校の《認可基準の緩和》が検討されていると言います。
…ですが、国の基準をそうそう変えていくばかりで良いのでしょうか?
以下は、このニュースを掲載していたYahooからの転載ですが、そこにはこう書かれています。
>申し入れを行った「外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク」の代表、田中宏・龍谷大教授は、「不況の影響で失業するブラジル人労働者が増え、授業料や交通費が払えず子供が学校を去るケースが出ている。無認可の学校でも、一定の要件を満たしていれば学割を認めてほしい」と話した。
確かに、これまで拙ブログでも書いてきた通り、今回の不況で親が失業したために、こうした学校を去る子供たちが続出していることも事実です。 ですが、何でも「支援が必要だ」、「何とかしてやれ」と言って、一方的に便宜を図ることが相手にとって本当に《いい事》になるのでしょうか?
先に上げたエントリの「岐阜県の帰国支援事業」のケースのように、その時は相手にとっていい事をしたように見えても、もしもその結果が、「自分達の生活すら悪くしてしまった」と言う形になったのでは、本末転倒です。
結局のところ、「何が必要で何がそうでないか」を厳しく見分けていく必要があるのではないでしょうか。


by セアラ小太郎
『伝えること』の難しさ。